キャリアパワー

作文

猫が教えてくれたこと

LCA国際小学校6年 中野 玲央那さん

昨夜のこと。僕たちは学校が終わり、いつも通りに妹とバスを降りて家へ向かった。 妹は
「バス停に着いたよ!テストまた百点とれたからご褒美ちょーだい!おむかえに来てね。」
とママに電話をかけながら歩いていた。僕は大好きな野球のアフタースクールの試合を振り返りながらスタスタと歩いていた、電話を終えた妹は、僕の手を握った。七歳になりたての妹は本当に小さい。その小さな手が、歩く僕の動きを止めようと強く握りしめた。
「何かいる!ほら、あそこ!道の真ん中!」
僕達は急いで駆け寄った。そこには可愛いフワフワした白猫が丸まっていた。
「道の真ん中にいたら危ないよ?」
と、猫好きな僕達は話しかけたけれども、猫は何も反応しない。明らかに様子がおかしい。僕はとっさに、この猫が交通事故にあってしまって動けなくなっていると悟った。こちら側から見える左目はギューッとつぶったままだ、ピクリとも動かない。しかし妹は、ただ寝ているだけだと 思って話しかけ続けた。
「キャーッ!にーに、見て!」
突然妹は叫んだ。よく見ると、地面側の猫の右目は飛び出ていたのだ。妹はショックで泣き出した。僕は妹の手を握り返して道の端へ妹をを移動させた。何かしたいのに何も出来ない。僕は自分の無力さに、呆然と立ち尽くし、(僕が獣医だったらな...。)と自分を悔やんだ。

その時、一台の黄色い車が近くに止まった。
「僕たち、どうしたの?」
優しそうなおばさんが、妹の悲鳴を聞いて駆けつけてきてくれたのだ。おばさんは、猫を見て、全てを悟ってくれた。おばさんは冷静だった。すぐに車から手袋を出して、これ以上猫が車にひかれないよう、猫を道の端に移動させてくれた。猫はくねっとして柔らかく、まだ生きているような気がした。僕も冷静さを取り戻し、とにかくママに電話をしよう携帯電話を出すと、妹の電話でちょうどこちらに向かってきたママに会えた。ホッとした。ママは、すぐに状況を理解した。僕達を抱きしめて、道の安全な場所に待機させてくれた。
「まだ温かい。身体も柔らかい。出血もほとんどないから、もしかしたら蘇生できるかもしれない。」
と、おばさんが呟いた。すると、
「猫ちゃん、聞こえるかな?息をして!」
と、ママもすぐに動き出した。僕達は、名前も知らないおばさんと、ママと妹と、一筋の希望を求めて自然と一致団結していた。ママは、僕が実際に飼っている猫達が通うかかりつけのペットクリニックに電話をした。おばさんは、動物保護センターに電話をした。僕は家までバスタオルや ホッカイロを取りに走った。妹は、ひたすら猫に呼びかけ続けた。みんなで猫のために必死に動いた。おばさんが電話してくれた動物保護センターの人は、今ここに向かってくれているが、到着までに二時間かかってしまうそうだ。ママが電話してくれたペットクリニックの先生からは、蘇生をするなら十分以内と言われた。希望が消えかけたけれど、諦めなかった。諦めたくなかった。ペットクリニックの先生に電話で教えてもらった蘇生方法で一生懸命にマッサージをした。猫の目から少し血が出ていたけれど、五歳で手術を受けて以来医者になりたいという夢がある僕には血なんて全く怖く感じなかった。とにかく助けたいという思いが、僕を動かしていた。一刻を争う事態だった。

それから三十分、みんなでできる限りのことを試みたけれど、猫は息をしてくれなかった。認めたくはなかった死を認めた瞬間、思考が停止し、静かに涙が出てきた。妹はギャンギャン泣いた。自分の無力さを思い知った。

しばらくして、僕たちは家に戻り、猫の棺になりそうな物を探すことにした。家に着くと、力が抜けて、担いでいた学校のリュックが急に重たく感じた。僕達は、キッチンにあった段ボールを棺にすると決め、更に猫の為に手紙を書いた。妹がアフタースクールの華道で生けたお花もプレゼントすることにした。

力が入らず動けなくなった僕達に代わってママがあの猫の元へ戻ってくれた。ママは目に涙をためながら、優しい表情で帰ってきた。猫はタオルに包まれて、僕達のプレゼントと共に段ボールの棺の中で動物保護センターの人に引き取られたそうだ。僕は少し安心した。

脳神経外科医のパパが帰ってきた。僕は全てを話した。パパは僕の話をゆっくりと聞いてくれて、ニコッとして僕の頭を撫でた。
「その悔しさや悲しみを忘れないように。」
とひと言だけ僕に言った。その時のパパは、とても大きかった。助けられる命と、助けられない命もある事をよく知っているパパの言葉だから、全てを包み込んでくれた。(命の為に働く人はすごいな。)と思った。命の為に働くことが自分の喜びに繋がる。僕もそんな喜びが伴う働き方で将来役立ちたいと思う。

講 評

交通事故にあって動けなくなっている猫との出逢いが、しっかりとした構想と的確な表現のもと、臨場感あふれる形で描けていました。また、その時の「悔しさ」や「悲しみ」が、作文用紙からもにじみ出ているように感じられました。「命の為に働くことが自分の喜びに?がる」――猫は、自らの命と引き替えに大切なことを教えてくれましたね。